コモン君がデンドロカカリヤになった話|安部公房「デンドロカカリヤ」

デンドロカカリヤ

あらすじをひとことで言うと、「コモン君がデンドロカカリヤになった話」です。

「コモン君」とはこの物語の主人公で、「デンドロカカリヤ」とは植物の名前です。

つまり、「主人公が植物になってしまう話」です。

カフカの『変身』では、主人公が冒頭から虫になって登場し、虫としての生活が描かれています。

一方、「デンドロカカリヤ」では、コモン君の友人を通して、コモン君が植物に変身していくまでの過程が描かれています。

そして、デンドロカカリヤになってしまったところで物語は終わります。

なぜ、コモン君はデンドロカカリヤになってしまったのか?

作品の中では、植物になってしまうのは最近めっきり増えた「例の病気」であって、それは「自殺者に対する罰」とされています。

よくわかりませんよね。

でも、それでいいんです。

読み終わった後の、もやもや感というか、何かスッキリしない感じ。

言葉にできない何か。

頭の中に新しい空間ができたというか、逆に霧がかかったというか。

合理性や論理性に支配されきった頭を揺さぶってくれる。

その感覚が「デンドロカカリヤ」の楽しさだと思っています。

ところで、文学作品となると「正しい解釈」みたいなものがあると思われがちですが、そんなものはないと思っています。

作品の解釈は読者次第。だから感想は人それぞれ。評価も人それぞれ。

この作品を本気で批評するとすれば、単にデンドロカカリヤになった意味だけでなく、安部の過去の発言や思想の変遷、時代背景、他の作品群との比較、同年代の作家との比較などが必要になるでしょうし、作品内に登場するギリシャ神話やゲーテやダンテについても調べないといけません。で、それらを踏まえた研究者の解釈も所詮はひとつの解釈。それを支持するかどうもも読者次第です。

本を読むことの一番大切なことは「物語を楽しむこと」です。

読んで楽しければ、別に意味なんか求めなくてもいい。

何か感じるところがあれば、それは誰かと違ったっていい。

本の中に描かれている世界は、再現性のないあなただけのオリジナルな世界。

街並み、色彩、表情、そして意味。どれひとつとして他人と一致することがない。

そんな自分だけのオリジナルな世界に没入できるおもしろさが、本を読む楽しみだと思いますし、「デンドロカカリヤ」をはじめとする安部公房の作品のおもしろさだと思います。

ひとつ付け加えると、同じ本を年をとってからあらためて読んだ時に、若い頃に読んだ時と同じ世界を頭の中に再現できるとは限りません。むしろ、歳月とともに得た知見、歳月とともに失った感受性、それらの差し引きにより、違った世界ができあがっていると思います。

よくわからない世界、いつもの日常とまったく異なる次元の世界がある。

「デンドロカカリヤ」では、その世界観を楽しんでもらえればいいかなと思います。

(戦後はこんな作品が流行ってたんだなとか、こんな作品でも文学って呼べるんだな、っていう楽しみ方でもいいと思います。)

50ページ程度の短編なので、忙しくてもサクッと読めますよ。

ちなみに、自分なりに解釈すると、テーマは「疎外」かと思っています。

コモン君は何らかの理由で「普通の」人間社会の枠からはみ出してしまったがゆえに、その社会から排除される。

人間以外のものに変身するというのはそのメタファーで、最後はデンドロカカリヤとして植物園という檻の中に隔離される。

価値観が合わないなど、自分たちとは異なるものを「異物」としてコミュニティーから排除しようとする社会の疎外の状況、そして個人ではな為すすべもなく疎外されていく不条理さ、それらが表現されていると思います。

紹介した本

書名 水中都市・デンドロカカリヤ

著者 安部 公房

出版 新潮文庫

デンドロカカリヤ

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